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Posted by 京つう運営事務局 at

2017年05月19日

街で人々の下駄の音を聞くことができなくなって久しい

 先日、京都新聞の「京町家7年で5600軒減」なる記事が目に留まりました。2016(平成28)年度に現存している町家は4万軒ほどで、2008-09年度との比較調査では、年平均800軒のペースで減少しているようです(「京都新聞」2017年5月2日)。
 1996(平成8)年、そんな移りゆく京の町を憂いて、「仁丹の町名表示板の付いた町屋」の展示会を個人で催しました。下記の文はその時の案内文です。懐かしく引っ張り出してみました。

温故知新         於: 烏丸公共地下道 ストリート・ギャラリー

街で人々の下駄の音を聞くことができなくなって久しい。舞妓さんや坊さんは別として。下駄にかわって犬の爪の音がカシャカシャと耳につく。京の道も舗装され土の道がすっかりなくなってしまった。
市電は姿を消し、鴨川沿いに走る京阪電車が地下に潜り、今、地下鉄東西線の完成は秒読みの段階。
京の景観を損なうと大揺れだったホテルも完成。舞台は移り、超高層建築・京都駅の工事に拍車が掛かっている。
好むと好まざるにかかわらず、京の佇まいは「静の町」から「動の町」にかわりつつある。
この京の町の移ろいだけでなく、人々の地道な暮らしをも、巷の説によると古いものは大正の初めから、ずっと何も言わずに見守ってきた「仁丹」の町名表示板。
もし彼らに「京の町」の行く末を尋ねることができたら、きっと「京」の歩むべき正しい道を教えてくれそうな、ふと、そんな気がして。
平成8年11月                井幡 松亭 書
                      立花 滋  写真






その後、縁があって、私と同じように仁丹町名表示板に魅了された仲間が集い、2010(平成22)年に「京都仁丹樂會」が発足しました。その経緯は当會ブログの「京都仁丹樂會とは」もご覧ください。
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「町家」の減少に比例して仁丹町名表示板も半減してしまいました。行政がいろいろ町家の保存法を考え、「京の姿」を一日も長く繋ぎ留めようとしているのと並行して、私たちも「仁丹町名表示板」を一企業の宣伝物と捉えずに、一世紀近くに亘り「京」の道案内をしてきたという功績を称え、「京都の文化財」にしたいと考えています。 
京都仁丹樂會 滋ちゃん



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