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2012年08月05日

現存728枚!埋蔵97枚! 仁丹町名表示板

京都仁丹樂會の各メンバーがフィールドワークや資料探索などにより集めた仁丹町名表示板のデータ数は、個体数で1300件を超えました。
まだ集計漏れもがあると思いますし、また今後も増え続けることでしょうが、終わりがないので、この辺りで様々な統計結果を順次紹介していきたいと思います。

先ずは、次の表をご覧ください。
確認した個体のうち、現役で活躍している「現存」、今はなくなってしまった「消滅」、表には出ていないが大切に保管されている「埋蔵」の数です。


~2012.8.4現在 京都仁丹樂會調べ~


確認した個体数は琺瑯製が1273枚、木製が39枚、合計で1312枚です。

このうち、町名表示板として現役で働いているのは琺瑯製が717枚、木製が11枚です。
合計で728枚が現役です。
ただ、琺瑯製には平成の復活バージョンが10枚含まれていますので、80歳を超えるものは707枚ということになります。
また、現役とは言っても木製は褪色が著しく、町名表示板として堂々と機能しているのはほんの3,4枚程度です。
琺瑯製にもほんのごく一部ですが、褪色や欠損で町名表示板としての機能を果たしていないものもあります。

次に大切に保管されている「埋蔵」です。
琺瑯製で92枚、木製で5枚、合計で97枚です。
まさかこれほど多くの仁丹が埋蔵されているとは思いもしませんでした。
しかし、この中には琺瑯看板のコレクターが所有しているものや、レトロな店舗のインテリアになっているもの、はたまたネットオークションに出てその後コレクターが入手したであろうものなど、33枚を含んでいます。
残り64枚が、町内の方が大切なものだからと家の中で保管されている、純粋な埋蔵モノと言えます。

なお、店舗などでは家屋の中に掲げて、営業中ならば外を通る人から見えるものもあるなど、中には現存か埋蔵かその判断がグレーなケースもごく若干ありました。その態様により、それぞれいずれかでカウントしています。

最後に、現存でも埋蔵でもないのが「消滅」です。つまり、なくなってしまったものが、琺瑯製で464枚、木製で23枚、合計で487枚です。
実際はこれだけの数で済むはずがありません。単に私たちが把握していないだけであり、データとしては「消滅」の数はあまり意味のあるものではありません。
消滅に分類したものほぼすべてが廃棄処分されたのでしょうが、ごく一部、突如としてネットオークションに出てくることもあります。そのようなものは消滅から埋蔵へと分類を変更しています。

分類の変更と言うことでは、嬉しいことに「埋蔵」から「現存」への区分変更や、さらに存在を全く知らなかったものが突如として「現存」として登場することもあります。
すなわち、”現役であってこその仁丹町名表示板”であるという価値をご理解いただき、大切に保管していたものを堂々と家の表に掲げられたことと推察しています。
オークションに出すのではなく、現役に戻す、このような流れがどんどん広がって行くことを願っています。



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Posted by 京都仁丹樂會 at 09:14│Comments(7)統計
この記事へのコメント
初めまして。毎回記事が更新されるのを楽しみにしております。
私は新聞に仁丹町名看板が減少しているという記事を読んでから町名看板を探し始めました。当時は高校生でしたので、休み時間や放課後にパソコンで調べては休日に探し回りました。現在では、伏見市も合わせて740枚程発見することができました。しかし、最近は新たに発見することが難しくなり、増えるどころか減少してきております。ところが、つい先日、上京区の浮田町で『上京區 下立賣通松屋町東入 浮田町』という看板を発見しました。去年の時点ではありませんでした。掲げられている家には『上京區 松屋町通下立賣下ル 浮田町』の看板が既にありましたが、もしかすると前者の看板は埋蔵仁丹だったものが復活したのでしょうか?
長文になってしまい申し訳ありません。
Posted by まっちゃ at 2012年11月11日 22:36
まっちゃ様、ようこそお越しくださいました。
わずかの期間に740枚とは、驚きました。もう完璧ではないでしょうか。

>毎回記事が更新されるのを楽しみにしております。

ありがとうございます。更新のために結構時間をかけているのですが、なかなか思うようには進まず、実は苦しんでいるのです。書いているうちに、あれもこれもと確認したいことができて、図書館や資料館へといった具合です。今日もとうとう未完成で終わってしまいました。

さて、浮田町、私たちは「下立売通松屋町西入」で2枚、「松屋町通下立売下ル」で1枚、合計3枚を確認していますが、ご指摘の「下立売通松屋町東入」は未確認です。
しかも、「松屋町通下立売下ル」を掲げておられるお家となると、新しいお家ですね。建て替えられたお家に設置していただけるだけでも非常に嬉しくなるのに、さらにもう1枚とは。おそらく、浮田町4枚目の出現になるのではないでしょうか。
つまりは埋蔵の復活の可能性が非常に大きいと思います。

大変貴重な情報、ありがとうございました。
早速、拝見しに行くことになると思います。

どうぞ、これからも私たちと一緒に楽しんでいただければ幸いです。
Posted by 京都仁丹樂會京都仁丹樂會 at 2012年11月11日 23:41
ありがとうございます。
埋蔵仁丹が復活したのも、京都仁丹学會さんがローラー作戦を行われた結果が早くも現れているのではないでしょうか。
ちなみに、『上京區 室町通夷川上ル 鏡屋町』と『上京區 夷川通室町西入 鏡屋町』の2枚が掲げられていた家が現在工事中です。壁にブルーシートがはってありましたので室町通側の仁丹は確認できませんでしたが、夷川通側の仁丹は取り外されていました。工事が終了した後どうなるのかが気になります。
Posted by まっちゃ at 2012年11月12日 00:04
まっちゃ様、浮田町の情報、誠にありがとうございました!

確かに、間違いなく、4枚目の浮田町でした。
埋蔵の復活なのでしょう。
今日のところは詳細までは分かりませんでしたが。

ということで、今日、仕事が休みだった当会メンバーが確認に行きました。

10月初旬には他のメンバーがローラー作戦を行った地域ですが、その時は気付いていなかったので、おそらくはここ1か月の間の出来事かと思います。

これからも何かお気づきのことがありましたら、どんどんお知らせください。
Posted by 京都仁丹樂會京都仁丹樂會 at 2012年11月12日 21:36
最初、コメントを投稿させていただいたときは、町名看板を通りすがりにチラッと見ただけでしたので本当に浮田町だったのかどうか自信がありませんでした。

埋蔵仁丹が復活したこと大変嬉しく思います。
Posted by まっちゃ at 2012年11月12日 22:51
こちらの記事の現存枚数728枚(8月4日のデータ)に対し、行政区別での現存枚数の合計が729枚(8月5日のデータ)となっていますが、この1日の間で復活または新発見があったのですか?
Posted by まっちゃ at 2012年11月13日 12:59
>この1日の間で復活または新発見があったのですか?

そういうことではありません。

調べましたら、このときは、琺瑯製匂天神町の下地になっている木製仁丹を新たに追加していました。消滅でも埋蔵でもないので、”現存”データとして追加していました。

なお、古写真などで見つけたデータはバッチ処理で追加していますし、また、設置家屋が解体されて仁丹が行方不明になったときは、”現存”から”消滅”へ、さらにそれが新築後の家に設置されたら再び”現存”に戻すこともあります。

したがって、あくまでも目安として見ていただきますようお願いします。

毎日すべての仁丹をチェックできるものでもありませんし、こうしている間にも消滅したり、反対に復活していることもあるでしょう。そういった意味でも、あくまでも目安ということでお願いします。
Posted by 京都仁丹樂會京都仁丹樂會 at 2012年11月13日 21:37
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