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2012年10月31日

冷泉家の仁丹町名表示板

仁丹町名表示板の設置時期などを探るには、今のところ古写真などに頼るしかないわけですが、古写真の場合は撮影年月日が明確でないことが多いものです。
分かっても”大正の中ごろ”とか”昭和の初期”などといったかなりアバウトなキャプションにしか出会えません。

しかし、撮影年月日がズバリ記載された古写真を見つけました。これです。

「写真集 京都慕情」より

昭和49年、京都を語る会発行「写真集 京都慕情  田中泰彦/編集・解説」なる書籍にありました。場所は今出川通烏丸東入の冷泉家です。現在の敷地のもっとも東側だと思いますが、今はこの物見はありません。
写真の右に仁丹が写し込まれています。

そして、キャプションには次のようにあります。


昭和5年6月24日撮影です。
上京区または下京区と表記された琺瑯仁丹は、大正の末から昭和3年頃までの間に設置されたと見ているのですが、今回の発見はその幅を狭めるものではありませんでしたが、撮影年月日が日の単位まではっきりしているという点が貴重です。

なお、この仁丹を拡大するとこのようになります。

ちょっと見辛いですが、原板を見ると次のようになります。

上京區今出川通烏丸東入玄武町


ちなみに、この玄武町と言えば、仁丹町名表示板 基礎講座六 「設置時期」 ⑦木製のピークで紹介しました「石井行昌撮影写真資料147 市電」に木製仁丹で登場した町名です。
木製を設置した後、琺瑯仁丹に設置しなおしたという裏付けにもなります。

新たな発見、できれば設置時期を絞れる発見を求めて、これからも古写真の探索を続けたいと思います。
皆様も情報をお持ちでしたらぜひお寄せください。



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