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2013年01月05日

二條西洞院町 感動!の復活物語  仁丹町名表示板



感動!の埋蔵仁丹復活物語がありました。写真手前の方の仁丹です。

昨年は平成24年12月14日の午前10時50分、いささか大げさかもしれませんが、涙しながら京都仁丹樂會の会員がこの仁丹を設置させていただきました。

場所はここです。





壁のスペースぴったしにはまりました。まるで、仁丹が帰って来るのを待っていたかのようです。
これで、二條西洞院町は2枚目となりました。

★   ☆   ★


ことの顛末はこうだったのです。

昨年の夏、7月のことでした。
このお家の玄関先に、この仁丹町名表示板が置かれていたのです。
何の前触れもなく突如として出現したのです。

家の方は訳が分からず、とりあえず玄関の中に取り込まれました。
これがもし小さな物なら、ゴミとしてすぐに捨てられていたかもしれませんが、仁丹となるとちょっと処分に困る大きさです。
そしてそのまま下駄箱の脇にて留保され、時が過ぎました。

ところが、このお家、当会会員の友人のお家だったのです。
復活の日の前日のことでした、他の用でお二人が電話で話しておられたところ、
『そうそう、あんた仁丹やってたなぁ、ウチにもあるでぇ』
となり、ホンマかいなと翌日早速駆けつけてみたら、まさしく私たちが探し求めている仁丹町名表示板だったのです。

★   ☆   ★


しかし、この復活物語はこれで終わりではありません。
実は、この仁丹の裏に封筒が貼られていたのです。
そして、その中には手紙が入っていました。これが感動的だったのです。
要約すると次のようになります。
昭和53年頃、学生時代にこの近くで下宿をしていて、銭湯帰りに道端に立てかけられていたこの町名表示板を持ち去りました。その後、実家で保管していたのですが、仕事で京都を訪れると同様の表示板が今も現役で使われているのを見るにつけ、元の場所に返さなくてはいけない、と思うようになりました。今回、出張で京都に来たので、34年振りに元の場所にお返しします。市民のみなさん、町内のみなさん、申し訳ありませんでした。
と、原文のままではありませんが、このようなことが書かれた匿名の手紙でした。

家の方の話では、そう言えばその頃改装工事をしていて、しばらくの間地面に置いたままだったと思うとのことでした。

いかがでしょう。とても感動的な話ではありませんか。
京都の住人ではないのに、その価値を認識してくださったのです。
ならば、私たち京都人も気合を入れて守らなくてはいけないと決意を新たにした出来事でした。

それにしても、なかなか素晴らしい感性の持ち主の方じゃありませんか。
34年前の行為を決して非難する気にはなれませんし、むしろ、今回のことありがとうございましたと丁重にお礼を述べたい気持ちでいっぱいです。

ところで、長さ91センチもあるこの長い仁丹をどのようにして出張で持参されたのだろうかと、なんだか、その時の光景を色々と思い浮かべてしまいます。
クルマで運ばれてきたのだろうか? それとも新幹線と地下鉄で運ばれてきたのだろうか?
明るい昼間だったのだろうか? 暗くなった夜だったのだろうか?
そして、自分に置き変えて考えてみると、なかなかできるものではないなぁとも思いました。
良識と行動力と勇気がなければできないことです。

どこのどなたかは存じ上げませんが、無事に元の場所に設置されたこの仁丹を、今度の出張のときにでも、見ていただけたらなぁと願っています。

★   ☆   ★


なお、今回の件が本日の京都新聞に紹介されました。


真ん中に写っている人物が、アナログの世界で大活躍している、この道20年の当会会員、滋ちゃんです。
        
★   ☆   ★


ちなみに、今回出現した仁丹は商標が上にあるタイプでした。
現在の中京区においては、上タイプは隣接する「城巽学区」「龍池学区」「初音学区」の3学区のみ存在することを「商標の上と下」でご紹介したとおりですが、この仁丹もその法則のとおりでした。



京都仁丹樂會 shimo-chan



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この記事へのコメント
はじめまして!
「琺瑯看板探険隊が行く」というサイトを運営している“つちのこ”と言います。
このブログが好きで、いつも拝見しています。
埋蔵していた看板が復活という話、素晴らしいですね。消失が増えているだけに光明です。京都市民の皆さんにも明るい話題になったと思います。

さて、わたくしごとですが、2008年から仁丹看板を探し始め、ダブりを含めて現在511枚を撮影しました。
探し方が下手なのか、消失?確認も60枚以上になりましたが、願わくはこれ以上無くならないことを祈るばかりです。
当方、岐阜県在住なのでなかなか行けませんが、その間は貴ブログで楽しまさせていただきます。
Posted by つちのこ at 2013年01月13日 12:13
埋蔵の復活なのかは分かりませんが、新たに「上京區 淨福寺通上長者町上ル 菱丸町」(上仁丹)なる看板を発見しました。
確認漏れかと思い、ストリートビューでも確認しましたが、ありませんでした。
私が確認している中では、2枚目の菱丸町です。
Posted by まっちゃ at 2013年01月13日 18:25
つちのこ様、いらっしゃいませ。

>このブログが好きで、いつも拝見しています。

大変、嬉しいお言葉、誠にありがとうございます。そして、光栄です。
「琺瑯看板探険隊が行く」は、もちろん存じ上げております。
琺瑯看板のみならず、素晴らしい町並みの写真も合わせて楽しませていただいています。
情報量や楽しさ、私たちは足元にも及びません。

私たちは、京都に住んでいるから、京都に興味があるからという理由だけで、京都の仁丹町名表示板にこだわっているに過ぎません。
そこにあってこそ意味のある町名表示板ですから、一般の琺瑯看板のような楽しさには欠けるのではないでしょうか。

でも、つちのこさんは、結構頻繁に京都に”探検”に来ておられ、しかも実物のコレクションではなくて、デジカメでその風景だけを記録しておられるというところが、非常に好感を持っておりました。

500枚余りを撮影されたとのこと、遠方からお越しいただいてこれだけの数とは驚きました。
仁丹を探しつつ、京都のまちの素の姿を堪能していただければ幸いです。

今後ともよろしくお願いします。
Posted by shimo-chan at 2013年01月13日 21:04
>埋蔵の復活なのかは分かりませんが、新たに「上京區 淨福寺通上長者町上ル 菱丸町」(上仁丹)なる看板を発見しました。

まっちゃさん、情報ありがとうございます。
私たちが把握している同じ住所表示のものは、2階建ての家の1階ガレージ部の中に掲げられているものです。
シャッターが閉まったら見られません。

これはストリートビューにも写っています。
さて、今回、まっちゃさんが見つけられたのは、この同じものなのかな?
それとも第三の菱丸町の登場ということになるのでしょうか?
Posted by shimo-chan at 2013年01月13日 21:19
再度ストリートビューで確認しました。結論から申しますと、ストリートビューに写っているものと同じ看板です。ただし、ガレージ内からシャッターの外側に移設され、いつでも確認できる状態になっています。さらに、釘やネジ留めではなく、ナットで固定されています。
埋蔵とは言いにくい状態から現役復帰したようです。
Posted by まっちゃ at 2013年01月13日 22:22
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