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2013年08月11日

告示第252号の不思議 1/3 ~仁丹町名表示板~



これは昭和3年7月21日の京都日出新聞の記事です。
丸太町通のうちの聚楽廻り東町2番地から聚楽廻り西町183番地に至る部分を豊楽(ほうらく)通と名称変更する旨を京都市は7月19日付け公報で告示したと知らせています。

豊楽通? 聞いたことありません。ご存知の方おられるでしょうか?

地番の場所が今と同じとは限りませんが、現在の住宅地図によれば丸太町通のうちの七本松~千本間の1本南、わずか東西300m程度の通りではないかと思います。
そこにはちょうど史跡平安宮豊楽殿跡もあることから、おそらく間違いないでしょう。

とにかく現場を歩いてみました。ここがその通りです。



かつて「豊楽通」だったという手がかりは何もありませんでしたが、「旧丸太町通」なる表示が電柱に残っていました。



市電がこの付近を開通したのが昭和3年6月15日のこと、市電開通で新設された通りに丸太町通の名を譲り、代わりに「豊楽通」の名を授けられたのでしょうか?

市電の開業については、次のような記事がありました。

↑ 大阪朝日京都版 昭和3年6月4日 


前年の8月22日から用地買収に乗り出し、10月10日起工、翌年すなわち昭和3年3月31日までに竣工する予定だったようです。”例の如くおくれにおくれ”という表現が、当時の京都市の工事の状況を物語っているようです。
そして、開業日の写真です。場所はどこなのでしょうね?長い工場のような建物があります。

↑ 京都日出新聞 昭和3年6月16日 


そして同年9月からは近くの主税町界隈が御大典記念博覧会西会場ともなっています。
豊楽通の命名は、これら市電の開通や博覧会の開催など、当時の京都のまちの大きな動きと関連していたのかもしれませんね。

これらの変遷は次の都市計画地図を見比べることからも分かりました。


↑ 京都市都市計画地図「聚楽廻り 大正11年測図」より

これは大正11年の都市計画地図です。市電の丸太町線が東からやってきて千本通で止まっています。赤で囲った部分がそもそもの丸太町通で、後の豊楽通だと考えられます。



↑ 京都市都市計画地図「聚楽廻り 大正11年測図 昭和4年修正測図」より

昭和4年の都市計画地図です。市電丸太町線が道路の拡築とともに西へと延びました。ただ、史跡平安宮豊楽殿跡を避けるためだったのでしょうか、やや北へと振られています。また、御大典記念博覧会の西会場跡がぽっかりと白く浮かび上がっています。



↑ 京都市都市計画地図「聚楽廻り 大正11年測図 昭和27年修正測図」より

そして、昭和27年の都市計画地図では御大典記念博覧会の跡地は、現在私たちが目にする姿に変わっています。


もし、豊楽通なる通り名が入った仁丹町名表示板が存在していたのなら、設置時期の裏付けに重要な手掛かりになるところですが、今のところこの通りに面して設置されているのは町名タイプのこの仁丹のみです。



※     ※     ※


さて、興味は尽きませんが、今回のテーマはこの豊楽通ではないのです。
当ブログで何度か引き合いに出している昭和3年5月24日付け京都市告示第252号についてなのです。209本もの区間で通り名の確定や変更をした告示です。時期的にその背景はきっと御大典であろうと思い、その裏付けのため当時の新聞を調べてみました。でも、載っていないのです。京都日出新聞をこの告示の前後3カ月ほど探しました。特に告示のあった5月24日の前後1週間は2度3度、さらには京都日日新聞や大手紙も探してみましたが、何も見つからないのです。

たった1本の豊楽通は告示から2日後に報じられて、209本もの通りについて一切触れられていない。誠に不思議な話ではありませんか。京都歴史資料館の資料室でも尋ねてみましたが、内容が市民生活に密接したものだからそんなはずはなかろう、告示の前後半年分は探すべきだと助言をいただきましたが、告示日からの間隔が開くにつれて気力も失せてしまいました。また、都市計画委員会の議事録も見せていただきましたが、手掛かりは得られませんでした。

当時、市民にどのように広報したのか不思議ですが、それよりも興味のあることは仁丹町名表示板との関わりです。
この告示は、通り名の新名称、旧名称、起点と終点を209本の区間について示しています。中には新名称も旧名称も同じものが多数含まれてはいますが、新旧で変更のあった通り名について、仁丹町名表示板がどちらを使用しているかに注目です。これで、設置時期が絞れないかと考えたのです。

それでは、詳細に検討に入りたいと思います。
先ず、1ページ目に当たるp.160です。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  <p.160> ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



ひとつの区間が縦書き1列で示されており、上から順に新路線名、旧名、起点、終点となっています。ここで、ピンク色のマーカーで囲った列は、新旧名称が異なるもの、つまりは路線名が変更されたもので、注目すべき路線というわけです。そして、オレンジ色で塗った路線名が仁丹町名表示板が使っていた路線名、数字がその枚数を表しています。

このp.160では、2本目の路線において新名称の『鹿ケ谷疏水通』が、この起点・終点の間で使用されていたことが1枚確認されています。
同様にそれぞれの区間において、「黒谷西道」ではなく『黒谷通』を使った仁丹が4枚、「吉田山東道」も「廣道」も当該区間で『岡崎通』と表記されているのがそれぞれ1枚と4枚存在していました。確かに昔の地図には広道と記入されていますが、仁丹はこれを岡崎通と表記しているのです。


「黒谷通」 「岡崎通」 が使用されている仁丹


結局、このp.160ではすべて新名称が使われていました。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  <p.161> ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



次にp.161です。
先ずは東大路通です。百万遍辺りから泉涌寺辺りまでの区間がすでに示されていますが、旧名の「東山通」のゼロに対して、『東大路通』はなんと25枚も確認されています。今も親しまれている東山通なる呼び名は一切使われずすべて新名称というわけです。もし、地元で聞きながら書いたとしたならば、きっと東山通も混じるはずです。このあたり、何かの影響を受けているように感じます。ちなみに”東山線通”については、詳しくは 『東山線通の謎 1/3』をご参照ください。
                                      ↑ リンクしています

『鞠小路通』は漢字が変わっただけですが、これも新名称の表記で6枚の仁丹が確認されています。

その他このページでは、大原道、敦賀街道、師団街道、下鴨本通、鞍馬街道などの通りも見えますが、あいにく仁丹は確認されていません。


「鞠小路通」 「東大路通」 が使用された仁丹


このような手法で順次検証していきたいと思いますが、長くなるので3編に分けました。続きは次回に。

~つづく~

京都仁丹樂會 shimo-chan



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この記事へのコメント
うわぁ、これは労作ですね。

個人的に興味深いのは、下鴨本通が下鴨北園町止まりになっていて、北山通と交差していない点ですね。
これは実際に二つの道路が未完成であったためなのかとも思われますが、下鴨中通の始点が「北山通下鴨半木町一ノ二」と明示されているのですから、北山通は開通していたとみるべきでしょう。うーん、むずかしい。
また、「北山通下鴨半木町一ノ二」という表記にも、実は問題があります。下鴨中通と北山通の交点は、「京都市明細図」NE23-2を見ると、「賀茂半木町」になっています。これもむずかしい。
思いつくのは、この近辺が昭和3年当時、京都市ではなく上賀茂村に属していたという事実ぐらいですが…
例の「上賀茂南野々神町…」の仁丹看板とも関連しそうな気もします。
Posted by 夏目ソージキ at 2013年08月13日 22:18
夏目ソージキさん、コメントありがとうございます。

基礎調査ということで、あまり楽しくもなく悶々とやっておりました。
昭和2,3年当時を表す地図で、しかも旧路線名が明記されているものってなかなかあるものではありません。当時としてはあったはずの通りなのに、どこだか分からないというのはもどかしいものです。

例えば、下寺町通だとか南北貫通道路って、ここかな?と思っても確信が得られません。
Posted by shimo-chan at 2013年08月13日 22:56
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