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2014年04月27日

直列と並列 ~仁丹町名表示板~

直列と並列、なんだか電気回路のようですが仁丹町名表示板のお話です。
コレ↓こそ、まさに仁丹町名表示板の“直列”設置と言うべきものでしょう。




実は、20年以上前から記録をしている当会の滋ちゃんの写真を見ていると、今は失われた貴重な光景が数多くあります。その中の1枚にこのような見事な直列設置がありました。

上が 「上京區 今出川通御前通東入 社家長屋町
下が 「上京區 今出川通御前通東入 真盛町」    です。

通り名の組み合せは全く同じなのですが、町名だけが異なります。

※     ※     ※

京都の中心区では碁盤の目の上で両側町が形成されてきたため、他都市のように道路などの物理的なラインの町界が基本的になく、家と家の境界が町界となります。ですから、どこまでが○○町、どこからが△△町なのか見て分かるものではありません。しかも、町名の数が上京、中京、下京だけでも1,600はあるのです。

仁丹町名表示板が多く見られるのは、交差点とこの町界近辺です。見ても分からない町界を表示するという意味でも仁丹町名表示板は活躍しています。

通常は次のように横に並べて設置する、“並列”設置が主流ですが、先に紹介したのは限界に挑戦するかのような見事なまでの直列設置でした。

    <並列設置の例>




※     ※     ※

ちなみに限界への挑戦と言えば、次のような直角設置もありました。

    <直角設置の例>




ただし、こちらは町界を示すものではなく、90度の違いで通り名の表記方法が変わることを表したものですが、それにしても2つの仁丹町名表示板がぴったしくっ付いているという極限状態と言えます。

※     ※     ※


さて、最初に紹介しました見事なまでの直列設置が見られた場所は、現在こんな感じに変わっています。



もうみなさんお分かりかと思いますが、ここは上七軒は和菓子の老松さんのすぐ横なのでありました。そして、今は次の真盛町の仁丹だけが残っています。



では、もう1枚の社家長屋町の仁丹はと言いますと、老松さんの店内で埋蔵仁丹として大切にされています。昨年の「まいまい京都」北野柏野仁丹コースで見学をさせていただきました。


直列時代の昔の写真ではチラッと見える右側の家がモルタル塗りになっていることから、改修時に取り外されて社家長屋町の老松さんの店内へと移ったのでしょう。

※     ※     ※

ところで、上七軒の真盛町と社家長屋町ですが、地図を見るとお互いに飛び地を持っており、それぞれが交錯し合っています。




このような飛び地、どのような経過で生まれるのでしょうね?
今回の直列設置に接して、飛び地の不思議にも触れることになりました。

~京都仁丹樂會 shimo-chan~



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