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2015年10月11日

仁丹と文学散歩 ~その6 永井 荷風~

仁丹と文学散歩 ~その6 永井 荷風~


関東大震災から昭和初期にかけて東京での荒廃した女性の虚無性をどこまでも写実的に描いたものに、永井荷風の『つゆのあとさき』(1931、中央公論社)があります。谷崎潤一郎は、男女の痴情の世界を、肉欲的な淫蕩な物語として最も脱俗超世間的な態度で描いた、と評しています。荷風に見出された谷崎は、主人公君江が見せる冷たさ、不気味さに翻弄される作家清岡の乾ききったニヒリズムに、往年の享楽主義の搾り糟のような滓を体感したようです(『永井荷風氏の近業について』(1931、改造社)。銀座の女給で私娼の君江、君江に翻弄される清岡、それと内縁の妻鶴子の、それぞれの愛憎のめまぐるしい交錯模様、君江に手玉にとられているのは十分に承知しているが、それでも執着を放擲しない清岡の堕天使的な衝動感、これらが罹災の埃の残る東京という町でリアルに迫ってきます。

清岡は、名声高い文学者の恋人であることに君江が頓着すらしないことや、関係を絶っても翌日から他の男に平気で乗り換える君江に心底腹を立て、報復の念を胸中に沸き立たせながら、君江の家に向かいます。始末の付け様を摸索するものの、まさか髪を切ったり、顔に疵をつけるわけにもいかず、数ヶ月病気に伏せるのを待つしかない、などあれこれ思案しながら、歩を運びます。


そんなことを考へながら足の向く方へとふらふら歩きながら、ふと心づいて行先を見ると、燈火の煌々と輝いている處は市ケ谷停車場の入口である。斜に低い堀外の町が見え、またもや眞暗に曇りかけた入梅の空に仁丹の廣告の明滅するのが目についた。君江の家はあの廣告のついたり消えたりしてゐる横丁だと思ふと、一昨日から今夜へかけてまづ三日ほど逢わないのみならず、先刻富士見町で藝者から聞いたはなしも思ひだされるがまゝ、兎に角そつと樣子を窺つて置くに若くはないと思定め、 堀端を歩いて、いつもの横町をまがつた。



しかし、運悪く君江は不在で、代わりに間貸し家の老婆に出くわし、勧められるまま無駄を過ごし、用を成さずに引き上げる羽目になります。市ヶ谷駅のそばの電飾の仁丹の広告板が、四五日ごとに女のもとに通う男の目印となり、その明滅は女の在/不在とあたかも同調する効果を演出しています。君江の姿態を眼窩に巡らせ、仁丹広告を見上げる清岡の猜疑心で膨らんだ心臓の鼓動が、電飾の明滅と共振して、どんどん増幅してくる様子が、緊張感を孕んだ文章で迫ります。ここでは、仁丹広告は電飾宣伝のランドマークとしての顔と、男女の澱んだ愛欲劇の廻り舞台役、のダブルキャストとして登場しています。 

次回は、坂口安吾を訪ねてみましょう。
~京都仁丹樂會 masajin~



タグ :永井荷風

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Posted by 京都仁丹樂會 at 12:48│Comments(0)文学と仁丹
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