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2015年11月29日

仁丹と文学散歩 ~その8 芥川 龍之介 ~

仁丹と文学散歩 ~その8 芥川 龍之介 ~


現代日本語の文章を完成させたといわれる芥川龍之介。彼の文体はいわゆる何々主義といった野暮で規格立ったものとは距離を置き、「現代の口語文」に徹した“お喋り”言葉の創造にありました。とくに、身辺雑記のような随筆にその真髄がよく表れています。しかし、私小説という文学のファシズムが台頭した大正の時代、芥川はそのエゴイズムの渦に翻弄され、そして、彼の自死をもって昭和が始まったとも言われます。雑誌「新小説」に掲載の『葱(ねぎ)』(1920、春陽堂書店)では、女給お君と、お君の元に通う無名の芸術家田中との、耽美主義とは異なる清貧な美の世界が眼に見るような文章で展開します。田中は、とうに閉催したサアカスにお君を誘い出します。お君は田中の潜伏した思惑など知る由もありません。

「お君さんには御気の毒だけれどもね。芝浦のサアカスは、もう昨夜でおしまいなんださうだ。だから今夜は僕の知つている家へ行つて、一しよに御飯でも食べようじやないか。」「さう、私どつちでも好いわ。」お君さんは田中君の手が、そつと自分の手を捕へたのを感じながら、希望と恐怖にふるへている、かすかな声でかう云つた。と同時に又お君さんの眼にはまるで「不如帰」を読んだ時のやうな、感動の涙が浮かんできた。この感動の涙を透して見た、小川町、淡路町、須田町の往来が、如何に美しかつたかは問ふをまたない。歳暮大売出しの軍隊の音、目まぐるしい仁丹の広告電燈、クリスマスを祝ふ杉の葉の飾り、蜘蛛手に張つた万国々旗、飾窓の中のサンタ・クロス、書店に並んだ絵葉書や日暦―すべてのものがお君さんの眼には、壮大な恋愛の歓喜をうたいながら、世界のはてまでも燦びやかに続いて・・・・。




田中の嘘の瞳に、場末の二階家に敷かれた二組の色布団を見たお君は、亡羊となるものの、道行途中の町角の八百屋で、一束の葱の「四銭」という余りの至廉な札を見て、突如として惰眠から目覚めます。お君の小刻みに震える感動の表象となった仁丹の広告電燈は、神田明神下にあった料亭「開花楼」の電飾でしょう。明治41年、開花楼の屋上に「仁丹」の文字が書き順に浮かぶ書方活動式三色イルミネーションの広告が表れました。開花楼には芥川ら多くの文人墨客が集い、熱い談義が交わされました。赤青白と目まぐるしく変化する広告電燈は、十六歳のお君の不安、感動、ためらい、の交錯する心情を相補的に響映させる脇役を演じています。この広告塔も関東大震災により、お君の涙の雫を抱えたまま、その役割を終えました。

次回は、木下杢太郎を訪ねてみましょう。

~京都仁丹樂會   masajin~




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Posted by 京都仁丹樂會 at 08:56│Comments(0)文学と仁丹
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