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2016年03月22日

全国津々浦々の考証(その8)

全 国 津 々 浦 々 の 考 証 (その8)
~大津でも木製仁丹発見!!①~


まずはじめに、町名表示板の設置先と設置時期に関して、森下仁丹の社史に書かれている記載を再度確認しておきたいと思います。

「町名の表示がないため、来訪者や郵便配達人が家を捜すのに苦労しているという当時の人々の悩みに応え、1910年(明治43年)からは、大礼服マークの入った町名看板を辻々に揚げ始めた。当初、大阪、東京、京都、名古屋といった都市からスタートした町名看板はやがて、日本全国津々浦々にまで広がり、今日でも戦災に焼け残った街角では、昔ながらの仁丹町名看板を見ることができる」


『総合保健薬仁丹から総合保健産業JINTANへ 森下仁丹100周年記念誌』(1995)


しかしながら、現存する町名表示板は、戦前に設置されたことが確実な京都及び伏見のものを除いては、大阪、奈良、大津など戦後に設置されたものがわずかに残るだけでした。私たち京都仁丹樂會は、「明治43年から」「全国津々浦々」に設置されたという記述を検証する取り組みを続けており、以前「全国津々浦々の考証」シリーズの 「東京で仁丹発見!!!①」「東京で仁丹発見!!!②」「東京で仁丹発見!!!③」など、大正時代に東京市とその周辺地域に約9万枚もの町名プラス番地の表示板(東京市の記録では「町名番地札」という名称)が設置されていたことが確認できたことをご紹介しました。




その後も、東京以外でも戦前に設置された町名表示板はないのだろうか、琺瑯製のみならず木製看板は存在しないのだろうか、という疑問のもと、各種データベースや新聞記事などの探索を続けていたところ、ついに、戦後に設置された琺瑯製のものしか確認できていなかった大津にも、木製の町名表示板が存在したことが分かったのです!

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その画像はこちらです。きっかけは大津市歴史博物館の「大津の歴史データベース」中にある「大津の古写真」に収録されている画像でした。



「雨の日の京町通(昭和31年)」昭和31年10月 谷本勇氏撮影、大津市歴史博物館所蔵
大津の歴史データベース「大津の古写真」 ※画像利用申請済

拡大してみると、京都の木製の町名表示板と同じような枠が付けられており、上部に仁丹ロゴ、下にはなにやら不鮮明な「火の用心」のような文字が見えます。




同じような町名表示板は、このはす向かいにも取り付けられていました。現在は鍛冶屋町の自治会館がある建物です。大津祭の際には、ここは西行桜狸山 (さいぎょうざくら たぬきやま:通称 狸山)の会所となります。同じく昭和30年代にその大津祭の準備の様子を撮影した写真が京都府立総合資料館所蔵の「近藤豊写真資料」のなかにありました。
画像の使用許可が下り次第画像も貼り付けたいと思いますが、現在は申請中ですので、「近藤豊写真資料」のデータベースを制作した立命館大学アート・リサーチ・センターへのリンクのみ貼らせていただきます。画像はリンク先でご覧ください。

「大津市、四宮祭(大津祭)、狸山正面」撮影日:昭和38年10月6日 撮影者:近藤豊


先程の画像よりも不鮮明さが増しますが、狸山会所の2階の柱部分に取り付けられた板状のものに、仁丹ロゴがうっすらと見えるのではないかと思います。
鍛治屋町の自治会館にいらっしゃった地元の方にお話を聞いたところ、確かに以前はこのような木製の町名表示板がついており、同じ町内で隣の町との境にあたる自宅にもについていたという記憶をお持ちの方もいらっしゃいました。
大津祭の際には、狸山は毎年くじ取らずで先頭を巡行します。たまたま鍛冶屋町で、大津祭保存会の会長さんともお話することができました。国指定重要無形民俗文化財にもなった今年は、3月20日の提灯行列に始まり、祝賀行事が続くとのこと。今年のスケジュールは、山建て10月2日(日)、宵宮10月8日(土)、本祭10月9日(日)です(大津祭曳山連盟ホームページ)。機会があれば是非御覧になってください。

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これらの町名表示板写真は、昭和30年代に撮影されたモノクロ写真であること、町名表示板自体の劣化もかなり進んでいるように見えることから町名の下に何が書かれていたのか、どのようなロゴや色が使われていたのかが判読できませんでした。また、これら2枚は戦後の撮影写真であるため、より設置時期を遡ることが出来る資料はないものだろうかと考えました。


そこで、大津の歴史に詳しくかつ膨大なデータをお持ちの大津市歴史博物館にお伺いし、調査へのご協力をお願いしたところ、快諾していただきました。その発見は次回に!!

京都仁丹樂會 idecchi



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Posted by 京都仁丹樂會 at 02:33│Comments(0)基礎研究
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