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2016年05月05日

仁丹と文学散歩 ~その12 海野 十三 ~

仁丹と文学散歩 ~その12 海野 十三 ~
  

中学時代に図書委員であった北杜夫は、その役割を利用して学校図書館の海野十三の空想科学小説を自ら貸出し、占有していました。また手塚治虫少年も海野に熱狂し、のちに海野のSF感覚を受け継ぎ、それを視覚化した作品を数多く残しました。科学的裏付けを重視する海野の作風は、SFと共に推理探偵小説でも発揮されます。その一つが『電気看板の神経』(昭和5年、博文館)です。カフェ「ネオン」で連続する女給の感電殺人事件。その感電死の真相をネオンが暴露する筋立ては、海野お得意の科学知識を駆使したもので、瞬きする電気看板の恐怖と、科学オンチの電気恐怖症の男の登場という取り合わせが一種の笑いを誘います。

あの電気看板はいつも桃色の線でカフェ・ネオンという文字を画いている。あれは普通の仁丹広告塔のように、点いたり消えたり出来ない式のネオン・サインなのだ。そしてあの電気看板は毎晩、あのようにして点けっぱなしになっている。(中略)。それだのに、けさ方、二時二十分にあの電気看板が、ほんの一秒間ほどパッと消えちまったのだ。そのあとは又元のように点いていたが……。停電なら、外に点っている沢山の電燈も一緒に消えるはずじゃないか。ところが、パッと消えたのはここの電気看板だけさ。二時二十分にふみちゃんが殺される。電気看板がビクリと瞬く――気味がわるいじゃないか。僕は、はっきり言う。あの電気看板には神経があって、人間の殺されるのが判っていたのだ。そして僕にその変事を知らせたのに違いないんだ。」

仁丹と文学散歩 ~その12 海野 十三 ~


ここでは仁丹広告塔が、窓から見える街中のさりげない風景として、また、点滅ネオン広告塔の代名詞として登場します。点滅する仁丹広告塔を遠景に据え、消えるはずのない近景のカフェの常灯看板が瞬停したことを、その瞬間に首に電極を当てる残虐で巧妙な殺人の立証に誘引する構成は、いかにも電気技師・海野の面目躍如たる発想です。当時は、機械技術の進歩により、科学技術に楽観的な感想を持つ世相の反面、電気や電波といったものに拒否反応を示す人々も存在しました。海野は科学を妄信するのでなく、峻厳な、非人情な、本当の科学精神を探ろうとしました。作品の随所に科学を活用するものの心得についての意見をさり気なく挿入するのも、子供のままごとのような「科学する心」信者への冷静な皮肉が漂う海野作品の特徴と一つといえるでしょう。

次回は、正岡 容 を訪ねてみましょう。

京都仁丹樂會  masajin



タグ :海野十三

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Posted by 京都仁丹樂會 at 17:31│Comments(0)文学と仁丹
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