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2016年06月11日

仁丹と文学散歩 ~その14 木村 荘八 ~

仁丹と文学散歩 ~その14 木村 荘八 ~
   

明治5年の築地火災がきっかけで、明治十年代の銀座煉瓦街が建設されたのを皮切りに、関東大震災、第二次大戦と相次ぐ大被害を受けながら、東京は不死鳥のように蘇り、復興、発展してきました。この東京で、時代に取り残された庶民の暮らし、移ろいやすい風俗の断片を、下町の侘しい情調、雰囲気とともに、ペン画で培った濃淡を効かせた雅趣豊かな筆致によって見事に再現したのが、木村荘八の『東京の風俗』(昭和24年、毎日新聞社)です。『墨東綺譚』の挿絵でも知られる木村は、本作を単なる印象記や懐古趣味で終わることなく、そこに史的展望をも重ねている、見事な文明批評に仕立てました。その中の「九、広告」で、戦後まもなく、東京鉄道局が各駅構内の広告をランク付けし、選賞を貼り出したことに、「街頭美術」や「広告技術」興隆の貢献者として賛辞を送っています。

この五月初め(昭和廿二年)に東京鉄道局が主催して、主として鉄道各駅の構内に人目を誘ふ広告板、ポスターの類を、選にかけて、一等、二等など、その出来栄えの等級を明かにする企てを試みたのは有意義のことだつた。(中略)。五月の広告選賞の結果は、早速新橋駅ホームなどに公表されて、その広告の現品もそれぞれ駅に等級を示して張出されたから、東京の人の、眼にされた方もあつたらう。
 街頭美術に公知の前で等級がついて示されたといふことに、年代記風な意味があつた。(中略)例へば
「仁丹」の、ひげをはやした礼服の人物の胸像は、街頭美術として選賞したならば、何等ぐらゐに入つただらうか。あるひはゼムのひし形の顔だとか、大学眼薬の眼鏡をかけた顔とか、花王石けんのしやくれた月形の横顔、さかのぼつては煙草のオールドの勧進帳を読む弁慶の像など……



木村自身、ビクターの首を傾げる白犬や、ジレットの涼しげな顔剃り絵なども入選、と自己採点しています。広告(広ク告グル)とは、多少なり響きの強いもので、人目だけでなく、記憶に相当浸み透る作用を持つようです。木村は当時の少年としては少数派の通過儀礼として、標語や宣伝看板に興じました。中でも目を強く誘われたのは、石町の角にある土蔵の白壁に麻裃の老人が、両手に酒瓶をつかんで破顔する広告絵でした。後年、木村はこの銘酒「雪月花」の老人の、八方にらみの眼は忘れられないと述懐しています。仁丹の大礼服や大学目薬の顔を、単に広告にとどめず、街頭美術と標榜した木村の審美眼は、戦災で破壊された東京を、雑踏と混沌の中で地息を吐き、呼吸する生命体のように浮かび上がらせています。

次回は、蘭 郁二郎 を訪ねてみましょう。

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タグ :木村荘八

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Posted by 京都仁丹樂會 at 08:24│Comments(0)文学と仁丹
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