設置率 上京区の場合 仁丹町名表示板

京都仁丹樂會

2012年08月25日 13:21

仁丹町名表示板は、少なくとも昭和4年4月1日までの上京・下京時代の市内すべての町に設置されたに違いないと考えています。
それは、探索していて、そして収集したデータを整理していて確信を深めるばかりなのですが、それを補強するひとつの参考として、上京区の場合をさらに深く検証してみました。

上京区は、「行政区別 確認・現存枚数」でも紹介したとおり、京都における仁丹町名表示板の発見数32%を占める”大票田”であることと、中京区や下京区のような大規模開発が少なかったことから選んでみました。

先ずは次の地図をご覧ください。


黄色い部分が、過去に仁丹町名表示板が設置された町名の町域です。
京都御苑や主税町界隈が白いままスポッと抜けているのは致し方ないとして、それ以外ではほぼ全域にバランスよく分布していると言えます。
白い部分は現在のところ、まだ設置が確認されていない町ですが、周囲を黄色で囲まれ、そこだけが設置されなかったはずがないでしょう。
小さな狭い町でも設置されている、1枚どころか2枚も3枚も設置されている町があるという一方、この町には設置されなかったということは考えられません。
したがって、京都御苑などごく一部の例外はあるでしょうが、すべての町に設置されたと断言して間違いはないでしょう。

次にこれも参考までにということで、上京区の各学区ごとの設置率なるものを求めてみました。

設置率 = (設置された町の数)/(学区全体の町の数)

すると、翔鸞学区、仁和学区、出水学区はいずれも65%と最高値を示しました。
学区内の65%の町が過去に仁丹町名表示板が存在していたというわけです。
残りの35%にもきっと設置されていたことでしょう。

そして、17学区中の8学区で50%を上回っています。

反対に設置率の低かったのは桃園学区の29%、京極学区の24%、滋野学区の28%、春日学区の29%でした。
桃園学区については特に原因らしきものを思いつかないのですが、他の3学区は河原町通の拡幅、府立病院や府庁関連施設など、民家が少なくて公共施設が目立ちます。




































~2012.8.8現在 京都仁丹樂會調べ~







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