京都における仁丹町名表示板、琺瑯製になる前は木製でした。
どこにも記録はないのですが、木製のが存在している以上、そう考えなくてはならないでしょう。
今も10枚程度が現役で残っています。
森下仁丹が町名表示の事業を開始したとされる明治末期、もしくは大正初期のものなのでしょう。
木製がゆえ良好な状態で残っているとは言えませんし、数も少ないのですが、それでも次のようなことはどうやら言えそうです。
大きさはおよそ横18cm、縦91cmと琺瑯製よりも横幅がやや大きいです。
そして、表示板全体に枠を付けて、正真正銘、額縁構造となっており、その額縁部分は赤く塗られていたようです。
表記は、白地に黒の文字、商標は上に位置していて”ビスマルク”の胴体部分は赤色です。
住所の表示方法については、行政区名がないのが一般的でしたが、2011年に北区の紫野上柏野町で”上京区”なる行政区名が入ったものが出現しましたので、一部では行政区名が記載されたようです。
そして、通り名が縦2行で描かれますが、そのうち1本目の通り名は2本目よりも大きな文字で書かれているものが多いようです。
それから、ようやく町名が来ますが、これが大きく堂々と書かれています。
通り名よりも町名を優先していたことが明らかですね。
以上のとおり、琺瑯製と木製とでは表示に関するスタンスが違っていたと考えられます。
とりわけ、通り名と町名のどちらを優先するかは180度転換したことになります。
また、商標の下に通り名の一部をローマ字で表記しているものや、方向を示す指先マークを描かいているものも見られます。
このあたり、表記方法がまだ定着していないようで試行錯誤をしていたことが窺えます。
フォーマットは次のとおりです。
【木製仕様】 商標+(オプション)+(通り名縦2行)+町名
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※ この記事は2011年8月8日にアップしましたが、2012年4月9日一部訂正を加えました。
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